小林儀匡
_________________________________________________________________________________________________________________________________________________
国際化は Debian の一つの特徴です。 その国際化の達成には、 フレームワークの整備から各ソフトウェアの対応、 そしてメッ セージやドキュメントの翻訳まで、 多岐に渡る非常に膨大な作業を必要とします。 ここでは、 それらの作業のうち、 最も大量の 作業を必要とする一方で一般ユーザが最も取り組みやすい翻訳について、 主に Debian JP まわりで行われている日本語訳作業 をまとめます。
まず、 翻訳作業で共通に使われるインフラストラクチャをまとめて説明します。 これらは、 後述する各種作業の説明でも頻繁に 登場します。
翻訳作業に関するやりとりには主にメーリングリストが使われます。 Debian 本家のものと Debian JP のものがありますが、 どちらについても、 翻訳関連のメーリングリストは誰でも (Debian および Debian JP のメンバーでなくても) 自由に参加でき ます。
日本語訳関連の作業に関するやりとりによく使われるのは、 Debian JP の debian-doc*2 および debian-www*3 メー リングリストです。 登録に使うアドレスは、 それぞれ debian-doc-ctl@debian.or.jp と debian-www-ctl@debian.or.jp です。 これらのメーリングリストに関する情報が、 http://www.debian.or.jp/MailingList.html*4 に あるので、 参照してください。 過去にこれらのメーリングリストに投稿されたメールのアーカイブは、 http://lists.debian.or.jp/debian-doc/および http://lists.debian.or.jp/debian-www/で完全に公開されてい ます。
さらに、 パッケージの更新に伴う debconf-po の翻訳更新の依頼など、 Debian 本家の 開発者との英語でのやりとりには、 主に Debian 本家の debian-japanese メーリングリス ト*5 が使 われます。 登録およびアーカイブは http://lists.debian.org/debian-japanese/で利用可能です。 メーリングリストを 経由せずに、 前のバージョンの翻訳者や、 翻訳者として活発に活動されているかた、 あるいは本家で活動している日本人開発者 のところに直接メールが行ったりすることもあります。
また、 ドキュメントの翻訳なら Debian 本家の debian-doc メーリングリス ト*6 に、 ウェブページの翻訳なら Debian 本家の debian-www メーリングリス ト*7 にそ れぞれ登録しておくと、 内容に関する質問や間違いの修正などに関するやりとりを本家の方々とできます。 それぞれ http://lists.debian.org/debian-doc/および http://lists.debian.org/debian-www/で、 登録やアーカイブ閲覧 ができます。
日本語訳の対訳表は、 Debian JP debian-doc メーリングリストでたまに話題になりますが、 なかなか整備までいかないのが現 状です。 メーリングリストで訳語に関する問い合わせをしたり、 査読依頼を出してコメントをもらったりできる ので、 そこまで気になることはないでしょう。 一応、 既存のいくつかの対訳表をポインタとして示しておき ます。
対訳表というわけではありませんが、 これらの他に小林が訳語の選択によく利用するのは、 Google です。 Debian のウェブ サイト全般から訳語を探したければ「site:www.debian.org」 を、 Debian Weekly News から探したければ 「 site:www.debian.org/News/weekly」 をつけて検索し、 引っ掛かったページを見ながら訳語を決めるということをよくやって います。
各種ソフトウェアのメッセージカタログ (po) や付属ドキュメント、 manpage などの翻訳に関する議論は、 Debian JP の debian-doc メーリングリストで行われています。 これらの翻訳はソフトウェアの更新に伴って更新作業をする必要が あるので、 主に開発元 (upstream) のソフトウェア作者などと (主に英語で) やりとりをしながら作業する ことになります。 しかし、 特に Debian と密接に関連したソフトウェアについては訳語が統一されているほ うがよいので、 訳語選択などについて debian-doc メーリングリストで査読を依頼することが推奨されてい ます。
po については、 翻訳状況に関する情報が以下のページで得られます。
debconf-po とは、 Debian パッケージをインストールする際になされる設定関連の質問 (debconf の質問) に 翻訳を提供し、 localize されたインタフェースでユーザが質問に答えられるようにするための po ファイル です。
例えば、 sarge で locales パッケージを設定する場合、 英語のロケールでは次のような画面が現れます。
これに対して日本語のロケールでは次のようになります。
このようにロケールに応じた質問を提供するのが debconf-po です。
この debconf の質問自体は、 次のように、 パッケージ作者によって、 ソースパッケージの debian ディレクトリの下のバイナ
リパッケージ用 templates ファイルに英語で書かれています。
Type: multiselect
Choices: ${locales}
_Description: Select locales to be generated.
Locale is a framework to switch between multiple languages for users who can
select to use their language, country, characters, collation order, etc.
.
Choose which locales to generate. The selection will be saved to
‘/etc/locale.gen’, which you can also edit manually (you need to run
‘locale-gen’ afterwards).
Template: locales/default_environment_locale
Type: select
_Choices: None, ${locales}
Default: None
_Description: Which locale should be the default in the system environment?
Many packages in Debian use locales to display text in the correct
language for users. You can change the default locale if you’re not
a native English speaker.
These choices are based on which locales you have chosen to generate.
.
Note: This will select the language for your whole system. If you’re
running a multi-user system where not all of your users speak the language
of your choice, then they will run into difficulties and you might want
not to set a default locale.
オリジナルは英語ですが、 非英語圏のユーザにとっては、 自分の母語で質問されるほうがよいでしょう。 そこで、 localize さ れた debconf 質問をユーザが利用できるようにするのが、 この debconf-po です。
作業を開始する前に、 まずは 5.4.3で述べる翻訳状況調整ページで既に翻訳作業が行われていないか確認するとよいでしょう。 その上で翻訳対象とするパッケージを決めたら、 http://www.debian.org/intl/l10n/po-debconf/potからそのファイ ルの templates.pot ファイルをダウンロードします。 もちろん、 ソースパッケージを手に入れ、 目的のバイナリパッケージの templates ファイルに対してpo-debconfパッケージのdebconf-gettextizeコマンドを実行し、 templates.pot を生成して もかまいません。
templates.pot ファイルを取得したら、 名前を ja.po に変更した上で翻訳しましょう。
翻訳を終えたら該当パッケージに severity を「wishlist」 、 tags を「l10n, patch」 としてバグ報告しましょう。 た だ、 慣れていないうちは Debian JP の debian-doc メーリングリストで査読してもらうことを強くお勧めし ます。
debconf-po については、 翻訳状況に関する情報が以下のページで得られます。
Debian のウェブページは WML というファイル形式を利用しています。 WML とはウェブサイトメタ言語 (web site meta language) のことで、 Debian ではwmlパッケージとして提供されています。 ここでは詳しくは述べませんが、 翻訳が原 文に追従できているかの確認などがこの WML の機構を用いて行われている、 ということだけ書いておき ます。
次の例は、 http://www.debian.org/News/weekly/2006/35/indexのソースとなっている、 cvs.debian.orgのwebwmlモ
ジュール*9 の、
webwml/japanese/News/weekly/2006/35/index.wmlです。
#SUMMARY="Firmware, FrOSCon, Events, Cuba, Translations, GIT, Sarge,
#Etch"
#use wml::debian::translation-check translation="1.8"
<p>Welcome to this year’s 35th issue of DWN, the weekly newsletter for the
Debian community. Bug squashing parties have been announced for September 8th
to 10th in <a
href="http://lists.debian.org/debian-devel-announce/2006/08/msg00012.html">\
Vienna</a> and for September 15th to 17th in <a
href="http://lists.debian.org/debian-devel-announce/2006/08/msg00013.html">\
Jülich</a>, Germany. OSDir has taken <a
href="http://shots.osdir.com/slideshows/slideshow.php?release=724&slide=2">\
Debian installer</a>. Petr Stehlik <a
href="http://lists.debian.org/debian-68k/2006/08/msg00234.html">reported</a>
that the installation of <a href="$(HOME)/releases/sarge/">sarge</a> and <a
href="$(HOME)/releases/etch/">etch</a> worked flawlessly in the recently <a
href="http://lists.debian.org/debian-68k/2006/08/msg00226.html">fixed</a>
version of <a href="http://packages.debian.org/aranym">ARAnyM</a>, a 32bit
Atari ST/TT/Falcon virtual machine.</p>
[snip]
#use wml::debian::weeklynews::footer editor="Sebastian Feltel, Mohammed
Adnène Trojette, Tobias Toedter, Martin ’Joey’ Schulze"
このうち#で始まる行が WML の命令です。 例えば、
という行は、 原文 (webwml/english/News/weekly/2006/35/index.wml) の r1.8 に基づいているという意味 です。
翻訳作業を開始するには、 目的のページの WML ファイルを入手する必要があります。 CVS を使い慣れている場合は、 コマン ドラインから日本語のツリー (webwml/japanese) と英語のツリー (webwml/english) をチェックアウトするとよいでしょう。 CVS を使い慣れていない場合は http://cvs.debian.org/?root=webwmlからリポジトリビューア ViewCVS を使って英語 または日本語の目的のファイルをダウンロードしましょう。 ただし、 この方法では後述する latin-1 文字の置換作業ができない ため、 ページ内に latin-1 文字が含まれていた場合には自分で何とかして対処しなければなりません。 したがって、 こちらはあ まりお勧めしません。
新規翻訳の場合、 英語のファイルを取得したら、 まずはそれを日本語訳用に変換しなければなりません。 それには
webwml/copypage.plを用いて次のように実行します。
Unable to open language.conf. Using environment variables...
Processing english/News/weekly/2006/37/index.wml...
Destination directory japanese/News/weekly/2006/37/ does not exist,
Copied News/weekly/2006/37/index.wml, remember to edit japanese/News/weekly/2006/37/index.wml
こうすると、 オリジナルのファイルのリビジョンを元にして、 前述の wml::debian::translation-check translation の値が適切に設定されます。 また、 latin-1 でエンコードされた文字列があっても適切な文字 実体参照に置換され、 日本語の文字と欧米の文字が共存できるようになります。 あとは自由に翻訳してくだ さい。
新規翻訳ではなく、 翻訳が古くなったページの更新であれば、 英語のページを日本語用にコピーする必要はありません。 wml::debian::translation-check translationの値を適切に設定し、 原文の差分を見ながら翻訳を更新しま しょう。
翻訳の際のルールについては、 http://www.debian.or.jp/devel/www/WebTranslation.htmlを参照するとよいでしょう。 また、 ウェブページは Mozilla Firefox のような GUI のウェブブラウザでも w3m のようなテキストブラウザでも美しく見えてほし いので、 改行位置には気をつけることになっています。 http://lists.debian.or.jp/debian-www/200408/msg00046.html や http://lists.debian.or.jp/debian-www/200609/msg00102.htmlなどを参考にしてください。
翻訳が終わったら、 Debian JP の debian-www メーリングリストに査読・コミット依頼を出します。 現在はコミットは主に 今井伸広さんがしてくださっています。
ウェブページについては、 翻訳状況に関する情報が以下のページで得られます。
Debian Description Translation Project (DDTP) とは、 現在すべて英語で提供されている Debian パッケージ説明 文 (Description) に翻訳を提供し、 それらの翻訳情報が使えるインフラを整えようというプロジェクトです。 http://ddtp.debian.net/がプロジェクトのウェブサイトです。
おそらく皆さん御存知でしょうが、 パッケージ説明文とはパッケージ付随情報の一つで、 パッケー
ジの内容を説明するとともに、 aptitude search などでパッケージを検索する際に便利になるよう提供さ
れています。 以下は、 sarge で aptitude パッケージの情報を表示させたときの様子で、 「詳細:」 で始まる
行*10 以
降がパッケージ説明文です。
パッケージ: aptitude
ステータス: インストール済み
自 動 的 に イ ン ス ト ー ル さ れ る
: no
バージョン: 0.2.15.9-6bpo3
優先度: 任意
分 類
: admin
保守担当者: Daniel Burrows <dburrows@debian.org>
展開サイズ: 5288k
依存: libapt-pkg-libc6.3-5-3.11, libc6 (>= 2.3.2.ds1-21), libgcc1 (>=
1:3.4.1-3), libncurses5 (>= 5.4-1), libsigc++-1.2-5c102, libstdc++5 (>=
1:3.3.4-1)
提案: aptitude-doc-en | aptitude-doc
詳細: terminal-based apt frontend
aptitude is a terminal-based apt frontend with a number of useful features,
including: a mutt-like syntax for matching packages in a flexible manner,
dselect-like persistence of user actions, the ability to retrieve and display
the Debian changelog of most packages, and extreme flexibility and
customization.
aptitude is also Y2K-compliant, non-fattening, naturally cleansing, and
housebroken.
このパッケージ説明文のエントリ自体は、 次のように、 パッケージ作者によって、 ソースパッケージの debian/control ファ
イルに英語で書かれています。
Description: terminal-based apt frontend
aptitude is a terminal-based apt frontend with a number of useful
features, including: a mutt-like syntax for matching packages in a
flexible manner, dselect-like persistence of user actions, the
ability to retrieve and display the Debian changelog of most
packages, and extreme flexibility and customization.
.
aptitude is also Y2K-compliant, non-fattening, naturally cleansing,
and housebroken.
[snip]
説明文は、 Description:と同じ行に書かれる short description と、 その後の long description に分かれ ます。
オリジナルは英語ですが、 非英語圏のユーザにとっては、 自分の母語でパッケージ説明文を読めるほうがよいでしょう。 そこ で、 localize されたパッケージ説明文をユーザが利用できるようにすることを目的として作られたのがこの DDTP というプロ ジェクトです。
このプロジェクトは数年前から存在しており、 日本語についても日本語チームコーディネー タの田村一平さんなどが積極的に作業を進め、 一時は翻訳率でトップになったこともありまし た*11 が、 Debian のホストの問題で暫く停止していました。 完全にではありませんが、 最近ようやく復活の兆しが見え始めまし た*12 。 最 近は以下のような状況です。
DDTP の作業方法については、 Debian JP のサイトに日本語の説明がありま す*14 。 た だしこれは復活前のもので情報がやや古くなっているので、 最近作られた Debian 本家のウェブサイトの DDTP のペー ジ*15 を参照す るのがよいでしょう。 このページは本資料執筆現在は英語でしか利用できないので、 ここでは本家の説明に基づいて、 簡単に説明し ます*16 。
メールインタフェース
DDTP は、 誰でも気軽に作業できるよう、 非常に簡単なインタフェースを通じて作業できるようになっています。 現在 Debian パッケージ数は 15000 を超えており、 debconf とは異なりパッケージ説明文はすべてのパッケージに含まれているの で、 それらをすべて localize しようという目的をもつこのプロジェクトは、 とても壮大で大量のマンパワーを必要とするからで す。 新しいパッケージでパッケージ説明文が改良されることがあるので、 それらの変化にも追従できなければいけま せん。
公式インタフェースはメールで、 それ以外にもウェブインタフェースが開発されています。
メールインタフェースを使うには、 次のような件名 (Subject) でpdesc@ddtp.debian.netにメールを送ってください。
nはパッケージ説明文の数で、 9 以下の数値を指定してください。 langは言語コードで、 日本語ではjaです。 langの後ろ にドット (.) に繋げてエンコーディングを指定することも可能です。
メールを送ると、 指定された数だけパッケージ説明文が添付されたメールが返信されます。 これらのパッケージ説明文はしば
らくの時間ロックされ、 メールで取り寄せた人のみが作業できるようになるので、 安心してゆっくり作業しましょう。 各添付
フ ァイ ル は 次 の よ う な 形 式 に な って い る の で 、 パ ッケ ー ジ 説 明 文 中 の
<trans>と記された部分を翻訳してください。
# Source: aolserver4-nsopenssl
# Package(s): aolserver4-nsopenssl
# Prioritize: 45
# This Description is active
# This Description is owned
Description: AOLserver 4 module: module for SSL mode.
This module adds SSL capabilities to aolserver, and gives Tcl scripts
an API to access openssl functions.
.
This is currently a beta release! Use at your own risk.
Description-ja.euc-jp: <trans>
<trans>
.
<trans>
#
# other Descriptions of the aolserver4-nsopenssl package with a translation in ja:
#
翻訳するのは、 <trans>だけです。 英語のパッケージ説明文は変更しないでくださ い*17 。 ま た、 ドットだけの行も段落のセパレータとして重要なので、 変更を加えないでください。 ただし、 上の例では short description と long description の各段落の内容がすべて<trans>となっていますが、 一部の段落に既に翻訳が入っている場合 もあります。 それは、 他のパッケージに同じ段落が含まれておりそれが翻訳済みの場合です。 これらは修正してもかまいま せん。
エンコーディングは正しいものを用いるよう注意してください。 例えば、 GET 1 jaという件名でパッケージ説明文を取り寄 せると、 GET 1 ja.euc-jp noguideという件名のメールが返ってきます。 これは、 日本語のデフォルトエンコーディングが EUC-JP となっているからです。 この場合、 翻訳したファイルのエンコーディングは EUC-JP とし、 メールで送る際 にも ISO-2022-JP で送ってしまわないよう気をつけてください。 ただし、 上の例の翻訳部のフィールドが Description-ja.euc-jpとなっていることからもわかるように、 エンコーディング指定は変更可能です。 UTF-8 がいい というのであれば、 フィールド名を Description-ja.UTF-8 として翻訳文字列を UTF-8 で記入してくだ さい。
翻訳を終えたらファイルをpdesc@ddtp.debian.netに送り返します。 翻訳文は base64 エンコードするとよいでしょう。 中野武雄さん 作の ddts-send*18 や ddtcパッケージ*19 な どのヘルパーも利用可能です。
ウェブインタフェース
Martijn van Oosterhout さんが作成したウェブインタフェースは DDTSS と呼ばれ、 http://kleptog.org/cgi-bin/ddtss2-cgi/xx にあります。 翻訳と査読・校正の作業をウェブで簡単に行えるようになっています。
DDTP では、 翻訳状況の確認は以下のページでできます。
DDTP によるパッケージ説明文の翻訳は、 Debian のミラーの http://ftp.jp.debian.org/debian/dists/sid/main/i18n/ などから取得可能です。 例えば日本語なら、 上記のディレクトリの Translation-ja.gz や Translation-ja.bz2 が利用でき ます。
本節では、 国際化の一環として重要な翻訳について、 作業方法および各種情報を取得できるページをざっと説明しました。 翻訳 は非常に手間がかかる作業で、 膨大なマンパワーを必要とします。 Debian ではあなたの参加を心待ちにしてい ます。
以下のページも参考にしてください。
東京エリア Debian 勉強会 2006_________________________________________________________________